2025年9月現在、SNSやニュースで大きな話題になっているのが自称、田中一さん。
島根県の山中で発見された田中一さんは、過去の記憶を失っていて身元も不明。
自称、田中一さんは何者なのか?なぜ記憶喪失になったのか?気になるところは多いです。
今回は、田中一さんの現在の状況を詳しく見ていきましょう。
目次
島根県の山中で発見されたモヒカン男田中一は何者?

2025年7月に島根県奥出雲町の国道沿いの草むらで男性が倒れているのが発見。
激しい頭痛とともに目が覚め、「自分はなぜここで倒れているんだろう」「ここはどこなんだろう」「自分は誰なんだろう」と自分の名前や過去も一切覚えていなかった。
その時の持ち物は
- イタリア製ブランドバック
- 約現金60万円(チャック付きポリ袋に入った状態)
- スェーデンのブランド時計
- 衣類、メガネ、モバイルバッテリー
ですが、自身の身分を証明するものは一切なし。
財布は空っぽで免許証も無し、携帯電話も見当たらない。
年齢は30~40代ぐらいで標準語ではありますが、わずかに関東訛りで、髪型はモヒカン。身長は約165cm、黒縁メガネをかけていました。
身分を証明するものがないことと、記憶喪失ということから身元の特定が難しくなっています。
記憶喪失ということで仕方なく「田中一(たなかはじめ)」と名乗っていますが、仮の呼び名です。
一体なぜ記憶喪失になっているのでしょうか?
発見から現在までの経緯

発見された田中一さんは身元不明のまま地元の人の助けを受けながら自然水や食料を頼りに生活していました。
その後、大阪に移動し生活保護を申請しようとした際にバックの中から刃渡り8cmの折り畳みナイフが発見され銃刀法違反で約10日間交流されています。
しかし、本人に悪意や自覚はなく記憶喪失の状況も考慮されて不起訴に。
8月下旬には「構成緊急保護施設」あ適用され、現在は大阪府のNPO法人「ぴあらいふ」が運営するグループホームで暮らしています。
また、9月には関連会社の飲食店でアルバイトを始め社会復帰の一歩を踏み出して生活の安定を取り戻しつつあります。
なぜ記憶喪失になった?

田中一さんはなぜ記憶喪失になったのでしょうか?
警察の調べでは、目が覚めたのは逆算して7月10日ごろで時間帯は多分、明け方か夕方のどちらかとのこと。
起きた時に頭が痛くて目が覚めたが頭が痛すぎてそのまま、また眠るような感じで2日ぐらいはそのまま倒れていたようです。
頭が痛いということで頭を触ったようですが、出血はなかったと話しています。
そんな田中一さんの症状は、発症前の記憶を失う「逆行性健忘」の可能性が高いとみられています。
これからの新しい記憶を作ることは出来ますが、自分は誰であったか思い出せなくなる記憶障害のこと。
一般的に、発症に近い時期の出来事ほど忘れやすくより遠い過去の出来事ほど保たれる傾向があるようです。
逆行性健忘を引き起こす原因として以下の内容が挙げられます。
- 脳への物理的損傷:交通事故、スポーツ中の事故などで頭部を強く打つことによる脳損傷。
- 心的外傷(PTSD):強いショックやストレスを受けた出来事が原因で、過去の記憶が思い出せなくなることがあります。
田中一さんの場合、頭に外傷はなく精神的ストレスによる解離性健忘の可能性も考えられています。
記憶は戻るのか?
記憶喪失が回復するかどうかは原因によって異なります。
心的障害である心理的ストレスによる解離性健忘の場合は治療や賀運勢リングによって回復する可能性はあります。
脳の損傷の場合は軽度であれば時間の経過と共に改善が見られるものもありますが、重度の損傷では永続的に記憶障害が残る場合もあります。
田中一さんの場合、頭部への損傷がなく脳の損傷がある可能性は低いですね。
また、身元がわからなかった場合に備えて市役所の人とも話していて、その時に断片的な記憶があり大阪ミナミの”グリコ看板”を覚えていたようです。
ただ、看板の前に20分ぐらいいたけど特に何も思い出すことは出来なかった様です。
「看板の前に20分ぐらいいたんですけど、特に何も思い出すこともない。何も記憶は戻らなかったんです」
Yahoo!ニュース
他にもおぼろげな記憶としてあったのが
- 東尋坊
- 長崎の平和記念像
- フジテレビ
- 富士山
大阪から一番近いのが東尋坊ということもあり田中一さんは東尋坊に行っています。
なので、少なからず記憶は戻ってきているのかも知れません。
島根県の山中で発見されたモヒカン男・田中一は何者?なぜ記憶喪失?:まとめ
いかがでしたでしょうか?
島根県の山中で発見された田中一さんは何者か?調査しました。
現在のところ、まだ分かっていないのが現状ですが少しずつ生活の安定を撮り戻りてきている田中一さん。
自分の本当の名前や自分の身分が速く分かることを願っています。